たかが数日も待てないのか

 4月上旬、海外出張中の知人から、一本のメールが届きました。
 「4月下旬に帰国するので、日本で使うノートパソコンを購入しておいてくれないか。メーカーや機種などはすべてお任せする。できれば、手軽に持ち運べる重量で、15万円前後のもの。代金は後日渡す。」
 メールを読んだ私は、私は「お安い御用だ」と思い、いつも利用している大手パソコンメーカーの「オンライン受注システム」で、B5型のノートパソコンを購入することにしました。そのメーカーの「オンライン受注システム」は通常、注文してから商品が届くまで、10日から2週間程度を要します。私は、知人が日本に帰国する4月末を見据え、4月17日に注文を済ませました。その3日後、インターネットで「お届け予定日」を調べたところ、画面表示は「4月28日」となっています。知人の帰国は29日なので、ほぼ計算通りです。26日になって再度「4月28日」のお届け予定日を確認した後、私は知人「30日に現物を持ってご自宅へ伺う」とメールを出しました。
 ところがです。到着予定日の28日になっても、パソコンは届きません。私は不可解に思い、再度インターネットで「お届け予定日」を調べ直しました。すると、前回は「4月28日」と表示されていた予定日が、「5月3日」に変わっています。私は自分が見間違えたのだろうかと真っ青になりました。でも、そんなはずはありません。画面に「4月28日」と表示されていたからこそ、私は知人に「4月30日に伺う」と連絡したのです。
 頭にきた私は、パソコンメーカーに電話をしました。すると先方の説明は、「納期は、遅れることもある」とのこと。さらに頭にきた私は、「2日前に確認したばかりだ。急に1週間近くも遅れると言われても納得できない。きちんとした説明が欲しい」と詰め寄りました。その日は仕事で嫌なことがあって、少々苛立っていたのでしょう。さらには、こちら側の事情を事細かに並べ、あらゆる理屈を駆使して相手を罵倒しました。
 担当者は、困惑した様子で「申しわけございません」と繰り返すばかりです。怒りが収まらない私は、「責任者を出すまで電話は切らない」と徹底抗戦の構えを見せました。「知人との約束を守らなければ」という責任感があったとは言え、今にして思えば、完全な「クレーマー」状態だったと思います。
 約30分のやり取りがあった後、翌日に改めて連絡をもらう約束を取り付けた私は、電話を切り、帰宅しました。そして、やり場のない怒りを静めるべく、自宅で一人深酒をしました。するとテレビには、JR福知山線の脱線事故の現場検証が映し出されています。コメンテーターの解説によると、脱線の原因は、若い運転手がオーバーランの遅れを取り戻そうと、スピードを上げ過ぎたためとのこと。ホロ酔い気分の私は、グラスを片手に「たかが1分半遅れたぐれいで、焦ることはないだろうに……」と、独り言をつぶやきました。
 「たかが1分半…」。その言葉を吐いた途端、私はその日の出来事が頭をよぎりました。パソコンの到着が「たかが数日」遅れただけで、怒りをあらわにした自分。そんなクレームに、あくまで丁重に回答していたオペレーター。そんな腰の低い相手に、ここぞとばかりに罵詈雑言を並べ立てた自分……。
 「会社にとって『1日の遅れ』がどんな意味を持つのか、アナタは理解しているか」
 「1日でも、1時間でも早く欲しい。業者が配達できないなら倉庫まで取りに行く」
 自らが吐いた汚らしい言葉の数々が、否応なしに思い出されます。そんな私に「たかが1分半の遅れ」と運転手を揶揄する資格なんぞ、果たしてあるのでしょうか。
 若い運転手は、「効率」と「スピード」を求める社会に追い立てられるかのように、必死に「1分半の遅れ」を取り戻そうとしたのでしょう。その結果、取り返しのつかない事故は起きてしまいました。そう考えると、彼を脱線事故へと追いやったものとは、現代社会がかける並々ならぬプレッシャーと、そのプレッシャーを受け流すことができなかった運転手の生真面目さだったような気もしてきます。
 今、世の中は本当に便利です。コンビニではいつ何時でも食べ物や生活用品を買うことができますし、スーパーには季節を問わず多様な野菜や果物が並んでいます。インターネットを使えば、世界中のあらゆる情報を瞬時に手に入れること可能です。そんな便利な世の中にどっぷり身を浸した自分は、いつしか「待つことができない」人間になってしまったのではないか…。今回の出来事を通じて、久々に強い自己嫌悪を感じました。とは言え、「効率」や「スピード」を求めなければ、会社なんか経営していけません。今後もスピードと効率を要求し、多くの人を傷つけてしまうのだろうか…。そんな不安を覚え、私はさらに深酒をしてしまいました。

〔2005.5.1 弊社代表・佐藤明彦〕