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今日、電車で立っていると、目の前の座席に座っていた高校生が、単語帳を広げていた。受験が間近なのか、真剣な眼差しで、英単語の数々と睨めっこしている。自分もこんな風に真面目に勉強をしていた時代があったのだなと、ちょっと懐かしく思えた。
ふと、高校生が読んでいる単語帳に目をやると、そこには難解な英単語の数々がズラリと並んでいる。私はその単語を一つ一つ、目で追ってみた。が、意味が理解できるのはせいぜい一つか二つといったところ。情けないことに、多くの単語は検討もつかない。
多分、高校時代の私ならある程度回答できたのだろう。だが、今の私には手も足もでない。その当時覚えた単語の数々は、きっと「不要の産物」として、脳の奥底から消し去ってしまったのだと思う。今の自分が受験をしたら、同じ大学はもちろんのこと、同じ高校もきっと受からないだろう。
考えてみたら、受験勉強で学んだことの多くは、ほとんど実生活で活用されない。歴史の年号にしろ、数学の連立方程式にしろ、化学の元素記号にしろ、古典のラ行変格活用にしろ、大学に入って以降、私は一回もその記憶を再生させたことがない。
大学受験が不毛だとは言わない。でも、実生活と関係の無い知識の数々を18~19歳に至るまで詰め込み続ける教育は、至る所に綻びを残しているように思う。