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「もし、自分とまったく同じ人間が目の前にいたらどう思う?仲良くなれる?」という質問をしてみると、多くの人が「嫌いになる。仲良くはなれない」と答える。もちろん、半分以上は謙遜も含まれているのだろうが、本音でも「好きになる」という人は少ないように思う。そんな私も、「嫌いになる」と答える一人である。
一方で人は、「自分という人間をなぜ理解してくれないのか」「なぜ自分と同じように考えてくれないのか」と思い悩んだりする。また、時には自分の考えを「是」として、他人をねじ伏せてしまうこともある。自分の考えこそが正しい、他人は何故それをわかってくれないのか、自分のように考えないヤツはバカだと捉え、自分と相手の間に大きな溝を築いてしまう。
そう考えれば、自分と同じように考える人間が周囲にたくさんいてほしい…というのが、人間の理想とする社会なのかもしれない。なのに、自分と同じ人間がいたら「嫌いになる」とは、矛盾してはいないだろうか。いや、その矛盾こそが、人間の人間たる所以なのだろうか。
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