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保護者や地域住民が「学校運営協議会」を組織し、学校の運営に直接関与する日本版コミュニティスクールの取り組みが広がっている。現時点で、全国で142校が指定されているとのことで、平成16年11月の第1号指定以来、その数は増え続けている。そんな「学校運営協議会」が、教職員の「人事」にも関与するようになってきているとの記事が、とある新聞に掲載されていた。
具体的には、協議会が「特別支援教育の力量がある教員がほしい」「英語に堪能な教師がほしい」などの要望を出し、それに適した教員を県や市の教育委員会が可能な範囲で措置するのだという。もし、協議会のある学校にとっては、充実した教育活動を進める上で、こうした仕組みは好都合に違いない。
だが一方で、教師全体のパイは限られていることを忘れてはならない。失礼な言い方かもしれないが、「優れた教員」は無限にいるわけではない。協議会のある学校ばかりに、優秀な教員が集められれば、必然的に他の学校の教育水準は低下し、公立学校間の格差は広がる。昨今の教育改革を見ると、そんな当たり前のロジックが、忘れられているような気がしてならない。すべての学校が「優れた教員」を集めるためには、公立学校教職員全体の底上げが必要不可欠だということを今一度再認識する必要があろう。
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